Design Policy

□ 伝統から学ぶこと

原始的建築がまず“囲う”ことからはじまり、居住性を求めて開口部を開けるという考え方は世界各地で共通していました。

文化が進むにつれ、その地の自然的条件と社会的条件を背景に、それぞれ独自の形式へと発展していきます。

日本に於いては民族や動物などの外敵に対して比較的安全な地であり、高温多湿な風土と建材事情などを背景に、寝殿造りや数奇屋建築などの住居形式が発達していきます。

これら日本建築の特色は、柱や梁といった“木軸の架構”と障子や襖などの“建具”のみで構成されている点です。必要に応じて木軸に建具をはめ込むことで部屋を作っていくのですが、この考え方は現在の“ユニバーサルスペース”といった感じのものです。

徒然草に 「住まいは夏を旨とべし」 と書かれているように、建具を取り払ってしまえば、爽やかな風が吹き抜ける気持ちの良い住まいが日本建築の理想の姿です。

今日の日本において、このよう考え方で住居を作るという事は、よほど恵まれたケース以外にはありません。

住まいを考えるとき、日本の伝統的な建築が、どのような自然的条件のなかで、社会的条件を反映されながら作り続けられたのかという本質の部分まで考えることが、良い住まいをつくるための手がかりになるものと私たちは考えています。

□ 囲う、開く、そして閉じる

住居の始まりが雨風をしのぐための洞窟住居であった事を考えると住居の本質が“ 囲う ”ことにあることが分かります。

大切なものを“囲う”ことで一旦外から切り離し、その中でひとつになり、そして必要に応じて外との繋がりを持つようになります。

閉じられた安全な空間に身をおきながら、如何に外に対して開き、快適な環境を取り込む事ができるかというのは住まいのテーマのひとつです。

 

□ 日本の建築について

建築を“原寸大の模型”と言う人がいます。人は原寸大の模型に住み、その失敗を修正したり、より快適な建築を求めて次の原寸大模型を作ることを繰り返してきました。

日本に於いても2000年以上もの年月をかけて、自然風土や社会に対応しながら発展し現在に至ります。それは単に間取りや工法のみに留まることなく日本特有の“美意識”をも生み出し、そして育んできました。

□ 間合い

建築を構成する要素は一つの物から成立するものではなく、多くの要素が組み合わさり一つの建築にまとまります。

それは土や木などの素材であったり、壁や屋根などの部材であったり、リビングやダイニングなどの空間であったりします。

音楽やスポーツにも共通することですが、要素と要素が重なろうとする直前のその接していない部分を私たち日本人は“ 間合い”と呼び非常に大切にしてきました。

ここで建築に於ける間合いを考えてみます。

お客さんが自宅を訪れました。チャイムを押し、扉を開けるまでの暫しの間をどのように過ごしてもらうのか考えます。

 ・ さり気なく玄関の脇に花などが咲いてたりしたら・・・
 ・ 飾り物などがあったら楽しんでもらえるのでは・・・

玄関からリビングに招き入れるわずかな移動の間、どのように感じて頂くのか考えます。

 ・ 窓越しに紅く染まった夕焼けの空が見えたら・・・
 ・ 中庭の景色を楽しんでもらえたら・・・  などなど

 

この玄関やリビングなどの空間から空間のアイダが間合です。
間合いを強く意識して、そして大切に設計したいと考えています。

 

□ 余韻

節句や法事から博打に至るまで日本人は奇数を好んで用います。
割って割って最後の“割り切れない部分”にこそ人間の本質があると考え、これを大切にしているからです。

ところで余韻の“ 余 ”とは余り物の事で、“割り切れない無駄”な事を言います。その割り切れない無駄なことにより、それ以上の効果が生み出される時、単なる“余りもの”にとどまらず“余韻”として心に響くものになります。

効率だけを求めた“ 割り切れた ”建築から余韻は生まれません。

日本建築では、いきなり全てを曝け出すことなく、少しずつ見せる事で次の空間への期待を高める手法が用いられます。

俗な例になりますが、いきなり服を脱ぎ捨てスッポンポンになるのが外国の建築とするのなら、焦らすように一枚ずつ服を脱ぎながら、じわじわと期待を高める効果を用いるのが日本の手法と言えます。

この日本建築のエロチシズムな手法が“ 余り物 ”から“ 余韻 ”へ昇華せしめ空間の魅力を引き出す因をなしているのです。

□ 陰影

『暗い部屋に住むことを余儀なくされた我々の祖先は、いつしか陰影のうちに美を発見し、やがては美の目的に沿うように陰影を利用するに至った』

文豪の谷崎潤一郎は著書『陰影礼賛』の中で、日本人が陰影に親しむようになった経緯を分析し、陰影を積極的に活用していた様子を述べています。

谷崎の文学的空間までとは言いませんが、光の使い分けは大切な事です。

作業をする場面、本を読む場面、安らぎの場面、遊ぶ場面・・・それぞれの場面で、それぞれに適した光の質と量があります。

私たち日本人が陰影のもとに安らぎを得られるという事は、長い歴史によって形成された本能と言えます。

 

□ 要素

日本の建築は“土” “石” “木” “瓦”のごく限られた要素から構成されていました。

要素が二つあるということは“調和”するか“分裂”するかのどちらかになりますが、この要素が多くなるほど“分裂”の度合いは増える事になります。

例えば、オーケストラは“調和”の成功したものですが、これの出来損ないは聞くに堪えないものとなります。

今日、建築が美しくない原因の一つは、材料も色も様式も多過ぎることにあります。

□ 色

日本の建築には色がありません。

灰色の瓦、茶黒にくすんだ木の色、白い漆喰、土の色、これらの色で日本中を埋めていました。漆喰の白が、黒っぽい背広に白いワイシャツの様に効果的に浮かぶ風景が日本の原風景です。

稀に大陸の極彩色が存在していましたが、それらも長い年月で風化され、腐った色となり、はじめて定着しています。

今日、派手やかな色彩の建築が多く見られますが、その色が馴染んでいるとは思えません。多湿な風土は色を受け付けないのです。

日本の風土が受け付けた色を考慮しなければならないと考えています。

□ こころ

日本の古典の一つに茶道があります。茶道とは一言で言えば「おもてなしのこころ」と「感謝のこころ」にあると思います。

 

このような日本人の豊かな感性を、家づくりを考えるときに忘れてはならないと私は考えています。